朝日新聞社は1995年10月、2,500人以上にのぼる記者全員に、ノートブックPCの貸与を決定。
導入候補となった8社の製品から選ばれたデルLatitudeは、多くの記者から高い信頼を獲得しています。
■全てはポータブルワープロから始まった記事の正確さや品位、そして内容の豊富さや主張の明確さなどで内外から高い評価をうけ、日本の世論を代表する新聞として広く認められている朝日新聞は、紙面制作工程に最新コンピュータ技術を積極的に取り入れていることでも広く知られています。
1980年に稼動開始したNELSON(New Editing and LayoutSystem Of Newspapers)と呼ばれる朝日新聞社のコンピュータ化新聞制作システムは、出稿から刷版までの全工程を管理する高度なものです。稼動当初は、記者の書いた手書き原稿を入力する専用オペレータが存在していましたが、1990年に記者へのポータブルワープロの貸与が開始されて以来、徐々に原稿を手書きする記者の数が減少。現在では記者の手書き離れは行き着くところまで行った感があり、朝日新聞に在籍している2,600人以上の新聞記者のうち、手書きで原稿を書いている記者はわずかになりました。つまり新聞原稿が記者の手元を離れた時点で組版工程にデータを渡すことが可能となっているのです。 |

■PCの導入を加速した校正支援システム記者がワープロによって原稿を作成し、そのデータを組版工程で直接利用するスタイルが完全に確立すると、編集工程に費やされる労力が相対的に高くなります。そこで朝日新聞社が次に目指したのは、校正・校閲工程に代表される編集工程の短縮でした。
1993年、朝日新聞社編集システム化本部はコンピュータによる校正支援システムの導入検討を開始。この時点では、予算面などの理由から、記者全員へのPC貸与は将来の課題として位置づけられており、原稿をとりまとめる各部のデスクが原稿を専用のデスクトップPCに収集し、そのPC上で校正支援システムを稼動させる計画でした。しかし、全記者が書いた原稿を処理しなければならないため、デスクの負担が過大になるという問題が浮上したことに加え、PCの急激な価格低下とWindows95のリリースにともなう操作性の向上などの外的要因も加わって、記者1人に1台のノートブックPCを貸与し、記者みずからが校正支援システムを操作する運用形態に変更され\ました。校正支援システムの運用形態が最終的に決定され、編集システム化本部がデルコンピュータを含むPCベンダ8社にノートブックPCの導入提案を求めたのは、1995年11月のことです。 |

■高い信頼を獲得したデルLatitude編集システム化本部が各PCベンダに提示した必要
[PHOTO_2]要件はプロセッサ486DX2 66MHz、メモリ12MB、ハードディスク300MB以上というもので、各社が提示した価格およびスペックが公平に比較された結果、編集システム化本部が選定したデルLatitudeを含む4機種のなかから、各記者が自由に機種を指定する方式に決定。1996年5月現在、対象者の1/3への貸与が完了していますが、科学部および経済部では半数以上をデルLatitudeシリーズが占める結果となりました。また、運動部でもLatitudeが高い比率を占め、運動部記者がアトランタ五輪取材の際に渡米する際は、主にLatitudeシリーズを携帯することになるはずです。
また、朝日新聞社では1996年4月、新入社員全員にデルLatitudeを貸与。新人研修の一環としてPC実習を実施する際もデルLatitude1機種だけが使用されています。 |

■朝日新聞記者とともに世界を翔けるデルLatitude現在、北は北海道から南は沖縄までの朝日新聞本社および支社、さらに北米、ヨーロッパ、アジア各国で、Latitudeは朝日新聞記者の信頼できる片腕として活躍しています。その頑強さ、バッテリ駆動時間の長さ、さらに海外のAC電源がそのまま使用できるデルならではのワールドワイド設計により、朝日新聞社が選んだデルLatitude。アトランタオリンピックの感動を伝えるビビッドな朝日新聞スポーツ欄を支えるのは、目立たないながらも実はデルLatitudeコンピュータであるのかも知れないのです。
(取材:1996年4月24日)
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