真のマルチクラウド化を目指すDell APEX
2023年5月22日~25日にかけて、米国ラスベガスで開催された「Dell Technologies World(DTW) 2023」。「Transform ideas into innovation faster(アイデアをよりスピーディにイノベーションへと変える)」をテーマに、数多くのセッションが行われた。このイベントへの参加登録者数は約1万人。日本からも、多くの企業やパートナーが参加したという。
「これらのセッションの中で特に際立っていたのが『マルチクラウド』というキーワードでした」と振り返るのは、デル・テクノロジーズの野崎 絵里佳氏。これに関連してDell APEXに焦点を当てたセッションも多かったという。「昨年のDTWから1年が経過し、この間にDell APEXのポートフォリオも大幅に拡大しました。当社が掲げているのはシームレスなマルチクラウド環境の実現ですが、このアプローチが着実に前進していることが、DTW 2023で示されたのです」(野崎氏)。
ここでいうマルチクラウドとは単に複数のクラウドを使うことではない。複数のクラウドやオンプレミス、エッジのどこででも、同じようにワークロードを動かし、データのやり取りも簡単に行えるようにするには、デザイン段階からマルチクラウドを強く意識した「マルチクラウド・バイ・デザイン」が重要になる。その実現に向けてデル・テクノロジーズが提唱し続けてきたのが、オンプレミスとパブリッククラウドの「双方向戦略」だ。
これに関してはこれまでの連載でも触れてきたが、改めて簡単に説明すれば、クラウドとオンプレミスのそれぞれの価値を、クラウドからオンプレミスへ、オンプレミスからクラウドへと、双方向で拡大していくことを意味する。なおデル・テクノロジーズではオンプレミスのことを、空の上に浮かぶ「クラウド(雲)」と対比させ、「グラウンド(大地)」と呼んでいる。
それではなぜこのような戦略が必要になるのだろうか。野崎氏は次のように説明する。
「その理由は、オンプレミスと複数のパブリッククラウドを使用した場合には、運用方法も複数に分かれ、マネジメントが複雑になりがちだからです。またデータ統合も難しくなり、より広範なスキルが求められるという問題も生じます。日本ではまだマルチクラウド化に関して検討段階の企業や組織が多いのですが、既に米国ではマルチクラウド化が進んでおり、その運用・管理の難しさが大きな問題になっています。これを解決していくには、パブリッククラウドとオンプレミスの間にある壁をできる限り低くし、相互に融合できる状況にしていく必要があるのです」(野崎氏)
DTW 2023で大きく前進した双方向戦略の具現化
Dell APEXはそのために登場したコンセプトだが、当初は主に「クラウドライクな調達方法と課金モデル」をオンプレミス製品に取り入れることが、大きなテーマとなっていた。具体的には、製品を購入するのではなく利用量に応じて課金するコンサンプションモデルへと移行するとともに、Dell APEX Consoleによるオンデマンド型の調達を可能にしていったのだ。これはクラウドの価値をオンプレミスにもたらす「クラウド・トゥ・グラウンド」の取り組みの1つだといえる。
これをAPEXの「双方向戦略」の図にマッピングすると、図1のようになる。
「APEXの双方向戦略を具現化するための取り組みは大きく3つあります。(1)オンプレミスでもクラウド体験を提供すること、(2)業界をリードする当社ソフトウエアイノベーションの価値をパブリッククラウドにもたらすこと、(3)お客様が選択するコンテナスタックとその開発運用体験をオンプレミスやエッジにも提供することです。APEXの初期段階で進められたのは、これらのうち(1)の取り組みだったのです」(野崎氏)
その後、オンプレミス製品の先進的な機能群を、パブリッククラウドでも利用可能にしていこうという取り組みもスタート。これは「グラウンド・トゥ・クラウド」の取り組みであり、3つの取り組みの中では(2)に相当する。以前は「Project Alpine」と呼ばれていたが、DTW 2023で行われた発表でまず注目したいのは、これを実現するための具体的なテクノロジーサービスが明確になったことだ。
その1つが「Dell APEX Storage for Public Cloud」である。これに関して、デル・テクノロジーズの平原 一雄氏は、次のように説明する(図2)。
「これはProject Alpineの構想を具現化したもので、デル・テクノロジーズのストレージ機能群をソフトウェア化し、パブリッククラウドで稼働させることで、クラウド上に新たなストレージレイヤーを構成するソリューションです。パブリッククラウドは各社固有のストレージサービスを提供しており、クラウド間でのデータ移行や、マルチクラウドでのオペレーション統合が難しい、という問題があります。しかし複数のパブリッククラウドに共通したストレージレイヤーを追加することで、これらの問題を解決できるようになります」(平原氏)
オンプレミスの先進機能でクラウドストレージを拡張
既にAWS向けのサービスとして「Dell APEX Block Storage for AWS」と「Dell APEX File Storage for AWS」は提供済み。今後はほかのパブリッククラウドへの対応も進め、2023年後半にはAzure向けのサービスを提供開始する計画だ。
「APEX Block Storage for AWSは、Software-Defined型ストレージ(SDS)であるDell PowerFlexのソフトウエアモジュールを、IaaS(Amazon EC2)上で動かしています。実際の記録媒体としてはEC2のブロックストレージボリュームであるAmazon EBSを活用、Dell PowerFlexの仮想化技術で複数EBSを束ねたストレージプールを構成し、EC2とEBSだけでは実現が難しい高いパフォーマンスとリニアなスケーラビリティ、サイロ化を排除した効率的なストレージ利用を実現します。これによってパフォーマンスを、約300%にまで向上させることが可能。また、AWSのマルチAZに対応したストレージクラスタを構成することで、高い冗長性も確保できます」(平原氏)
一方、APEX File Storage for AWSは、スケールアウトNASである「Dell PowerScale」の「OneFS」と呼ばれるNASオペレーティングシステムを、AWS上で動かすもの。最大で1PBまでのクラスターを組むことができ、高度なスナップショット機能の提供やマルチプロトコル対応も実現する。つまり、ユーザーにとってはオンプレミスのNASと同等の使用感で利用可能となり、オンプレミスとクラウドの両方で、分析などに活用される非構造化データをシームレスに保管・アクセスできるようになるわけだ。
これらに加えDTW 2023では、「Dell APEX Protection Storage for Public Cloud」も発表された。これは「Dell PowerProtect DD」が提供する包括的なデータ保護機能を、パブリッククラウドでも利用可能にするもの。パブリッククラウド上で稼働するPowerProtect DDの仮想エディションは以前からも提供されており、既に1700社を超える企業が活用しているが、これをAPEXに取り込んだのがAPEX Protection Storage for Public Cloudだ。
クラウドへのデプロイを自動化する管理機能も提供
オンプレミスで培われたストレージテクノロジーがパブリッククラウドでも利用可能になれば、マルチクラウドでのデータの可搬性は飛躍的に向上する。またAPEX Block Storage for AWSの説明でもあったように、パフォーマンスやスケーラビリティの向上も見込める。ただし、そのためには新たな問題をクリアする必要がある。それは、各種パブリッククラウドに対し、これらのモジュールの展開・管理をどのように行うか、という点だ。
「APEX Storage for Public CloudはパブリッククラウドのIaaS上に実装することになりますが、IaaSの利用方法や管理方法はクラウドサービスごとに異なっています。それぞれのベストプラクティスに合わせたデプロイが必要になりますが、これをユーザー自身が手作業で行うのでは、導入のハードルが高くなってしまいます」と平原氏は指摘する。
DTW 2023では、この問題の解決手段も発表されている。それが、APEX Consoleに新たな管理画面を追加し、その機能を拡張する「Dell APEX Navigator」だ。具体的には2つの機能が提供されることになる(図3)。
1つは「APEX Navigator for Multicloud Storage」。これはパブリッククラウドへのAPEX Storage for Public Cloudのデプロイを自動化するとともに、展開済みストレージの健全性やパフォーマンス、容量監視などを行うもの。マルチクラウドに展開したストレージを1箇所から監視でき、クラウド間のデータ移動もシームレスに行える。
もう1つは「APEX Navigator for Kubernetes」。これはマルチクラウドに対応したKubernetesのストレージ管理機能で、様々な場所に展開されたKubernetesクラスタから、APEX Storage for Public Cloudを含む当社ストレージを、永続ボリュームとしてアクセスするための集中管理を可能にする。また様々な拡張機能も開発されており、コンテナストレージのオブザーバビリティ機能やレプリケーション機能なども、順次実装していく計画だという。
なお、APEX Navigatorはまだ発表されたばかりで、まずは米国で提供が開始されることになる。
クラウド環境をオンプレミスに拡張する取り組みも
ここまでは主に「グラウンド・トゥ・クラウド」に関する取り組みを紹介したが、DTW 2023では「クラウド・トゥ・グラウンド」でも、新たな取り組みが発表されている。それが「Dell APEX Cloud Platforms」だ(図4)。
「この製品によって、パブリッククラウドのエコシステムを、オンプレミスやエッジへとスムーズに拡張し、具体的には使い慣れたコンテナレベルのクラウドスタックを、オンプレミスでも利用可能にします」(平原氏)
実際に提供されるのは2023年後半になる予定だ。現時点でサポートが予定されているクラウドスタックは、RedHat OpenShift、Azure Stack、VMwareの3種類で、これらを共通のハードウエア上で動かせるようになるという。また当面は単一のプラットフォーム上で1種類のコンテナスタックを動かすことになるが、将来は複数のスタックを混在させることも可能になると平原氏は話す。
「Kubernetesの活用は、パブリッククラウドではかなり進みつつありますが、オンプレミスでは導入のハードルが高く、これもパブリッククラウドとオンプレミスを分断する要因になっていました。このハードルを解消できれば、コンテナ利用の自由度は一気に拡大します。パブリッククラウドで培ったスキルをそのまま生かしながら、リファクタリングを行うことなく、アプリケーションの自由な配置が可能になるのです。またガバナンスとコンプライアンスの一貫性も、高めることが容易になるはずです」(平原氏)
さらに、前述のAPEX Storage for Public Cloud/APEX NavigatorとAPEX Cloud Platformsは、マルチクラウド化に向けた双方向戦略において、両輪を成すものだと平原氏は指摘する。前者はデータの可搬性を「グラウンド・トゥ・クラウド」の形で、後者はアプリケーションの可搬性を「クラウド・トゥ・グラウンド」の形で、マルチクラウド全体にもたらすものだからだ。
「この両輪がセットで提供されることで、『マルチクラウド・バイ・デザイン』の実現が可能になるのです」(平原氏)
ポートフォリオからも分かるAPEXの進化
ここまででDTW 2023で発表された内容のうち、マルチクラウド戦略を大きく前進させるテクノロジーに着目し、それらの概要や意味について解説してきた。最後に、APEXのポートフォリオの全体像を俯瞰しておきたい(図5)。
「これらのポートフォリオのうち、オレンジ色の枠で囲まれているのがDTW 2023で新たに発表されたものです。前年のDTWで発表されたポートフォリオはこの半分程度であり、この1年間で大幅に拡張されています。その内容も、調達方法や課金モデルといったオファリング中心の変革だけでなく、テクノロジー面での変革も多く含まれていることがお分かりいただけると思います」と野崎氏は語る。
このポートフォリオの変化からも分かるように、今回のDTWの発表によって、Dell APEXは大きな前進を果たした。目指すべき目標と戦略を明示するところから、それをテクノロジーでどう実現するかが具体的に示されるフェーズに入ったわけだ。これらのテクノロジーサービスが日本でも提供されれば、マルチクラウド化を加速する日本企業・組織も一気に増えていくことになるだろう。
日経BP社の許可により、2023年7月18日~ 2023年8月24日掲載 の 日経 xTECH Special を再構成したものです。
https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/NXT/23/delltechnologies0721/