ハイブリッドクラウド化した企業が直面する新たな課題
ここ数年で多くの企業が「クラウドファースト」のIT戦略を実践している。現在ではオンプレミスや企業データセンターとパブリッククラウドを組み合わせたハイブリッドクラウドや、ハイブリッド型のインフラにパブリッククラウドを複数組み合わせたマルチクラウドが当たり前になりつつある。
「既に当社のお客様のITインフラは、9割程度ハイブリッドクラウドになっています」と語るのは、デル・テクノロジーズでDell APEXの製品管理担当副社長を務めるチャド・ダン氏。そのうち75%は、3つ以上のパブリッククラウドを利用しているという。
パブリッククラウドには様々な利点があるが課題もある。「既に以前からセキュリティーやデータガバナンスの課題が指摘されていましたが、これらに加えて『データグラビティ(データ重力)』やクラウドからデータをエクスポートする際のコスト、マルチクラウド管理の複雑さに起因するTCOの増大などに直面しているのです」(ダン氏)。
データグラビティとは、特定の環境でデータが増大した際に、より多くのデータが集まる傾向が生まれ、そこから抜け出せなくなるという現象。これはデータエクスポートのコストとともに、クラウドベンダーロックインの大きな要因になっている。
「もちろんオンプレミスにも、依然として課題が残っています。たとえばインフラ製品を導入・設置する際には、将来のキャパシティ変動を予測しなければなりませんが、これは簡単ではありません。ほとんどの場合はオーバーキャパシティになってしまい、余計な投資を強いられています。しかし投資最適化のために厳密なキャパシティプランニングを行おうとすれば、そのための時間と人件費がかかり、やはりコストが嵩んでしまうのです」
このような問題があるにもかかわらず、クラウドファーストだった企業がオンプレミスに回帰しようとする動きも、実際に起きはじめているという。これは、前述のクラウドベンダーロックインの問題を、クラウドベンダー同士が連携して解決しようという動機がほとんどないことも、大きな要因になっているとダン氏は指摘する。
「さらに最近ではランサムウエアなどを利用したサイバー攻撃が活発化しており、マルチクラウドではアタックサーフェス(攻撃対象領域)が広がってしまうという問題も生じています。システムインフラをオンプレミスに置くかクラウドに置くか、以前よりも判断が難しくなっているのです」
2つのアプローチでマルチクラウドを「デザイン」する
このような問題を抜本的に解決するため、デル・テクノロジーズが推進しているのが「Dell APEX」だ。これは大きく2つのアプローチを具現化しようという取り組みだが、その本質を一言で表現すれば、これまでの「マルチクラウド・バイ・デフォルト(結果的にマルチクラウドになってしまうこと)」から、「マルチクラウド・バイ・デザイン(戦略的にマルチクラウドにしていくこと)」へのシフトなのだとダン氏は説明する。
それでは2つのアプローチとは、具体的にどのようなものなのか(図1)。
1つ目のアプローチは「グラウンドからクラウドへ」。これはこれまでオンプレミス(グラウンド)向けに提供されてきたインフラデータサービスの機能を、パブリッククラウドでも利用可能にするというものだ。例としてファイル/ブロック/オブジェクトの保存、データモビリティ、レプリケーション、暗号化などが挙げられる。これによってオンプレミスとの相互運用性を高め、データバックアップやレプリケーションも含め、データを好きな場所に置きやすくするわけだ。なおこの取り組みは「Project Alpine」と呼ばれており、既にAmazon Web Services(AWS)やGoogle Cloud Platform(GCP)、Microsoft Azureといった、ハイパースケーラーとの協業も進んでいるという。
もう1つのアプローチは「クラウドからグラウンドへ」だ。これはクラウドのメリットを、オンプレミス(グラウンド)にももたらそうという取り組みだ。
「クラウドには、短時間で必要なリソースを調達してすぐに使いはじめられることや、使用開始後にリソース量を動的に変更できるスケーラビリティ、利用したリソース量の分だけ料金を支払えばいいといった料金体系など、様々な利点があります。このような『クラウド型運用モデル』をオンプレミスに適用できれば、オンプレミスがこれまで抱えてきた問題を解決することが可能になります」(ダン氏)
つまり、この2つのアプローチを1つの傘にまとめ上げたものが、Dell APEXなのである。
Dell APEXは「アウトカムベース」のソリューション
Dell APEXでまず注目したいのが、オンプレミスのインフラ製品に、コンサンプション(従量課金)モデルを導入している点である。顧客は製品を「買う」のではなく、「利用料を支払う」だけでいい。つまりこれまで必要だったCapex(資本的な支出)を、Opex(運用費)にシフトできるわけだ。これは企業経営のキャッシュフロー面で、大きなメリットをもたらすだろう。
またインフラ製品の利用体験も、クラウドライクになる。ある程度余裕のあるキャパシティで設置され、必要に応じてそのキャパシティを利用可能にすることで、データ量や負荷の増大に迅速に対応できるからだ。そのため、事前に厳密なキャパシティプランニングを行う必要はない。料金も使った分だけ課金されるため、オーバーキャパシティによる過剰投資も発生しない。
さらに、このようなリソース調達や料金支払の処理を「Dell APEX Console」という単一画面で管理・設定できることも、大きなポイントだ。まさにオンプレミス向けのインフラ製品を、SaaSと同じ感覚で利用できるのである。
「私たちはDell APEXを設計する際に、アウトカムベースのソリューションにすることを意識しました」とダン氏は語る。利用企業・組織はインフラ製品の構成を意識することなく、必要な容量や処理能力などの「インフラ製品がもたらす結果」だけを指定することで、必要なインフラを利用できるようにしているのだ。
「これによってお客様の価値創出までの時間を、大幅に短縮できます。ダイナミックに変化する市場への対応を、オンプレミスでも行えるのです。そのため、オンプレミスとクラウドの選択を、それらの制約条件ではなく活用メリットに着目しながら、より戦略的に行えるようになります」(ダン氏)
このDell APEXのポートフォリオの全体像を示したのが、図2だ。ポートフォリオの柱は、このDell APEXのポートフォリオの全体像を示したのが、図2だ。ポートフォリオの柱は、現時点では5つの柱があり、これは今後さらに拡張され、最終的にはデル・テクノロジーズのすべての製品を網羅した「フルスタックソリューション」になっていくという。
まず第1の柱である「Storage」では、オンプレミス向けのストレージ製品をクラウドライクに利用できるモデルに加えて、Project Alpineによるストレージ機能の「グラウンドからクラウドへ」を推進。第2の柱である「Cyber & Data Protection」では、サイバー攻撃からデータを守るソリューションやバックアップサービスがラインアップされており、これらを「as a Service」モデルで利用できるほか、クラウドへのバックアップやレプリケーションも可能にしていく。
第3の柱である「Compute & HCI」では、各種サーバー製品やHCIをマルチクラウドへと展開。第4の柱である「Solutions」では、コンテナやHPC、VDIといったソリューションをラインアップする。そして第5の「Custom」では顧客要望に合わせたDell APEXの利用方法を提供。今後もDell APEXのポートフォリオは、随時拡張されることになるとダン氏は説明する。
「最終的には、Dell APEXでフルスタックソリューションを提供していく計画です。今はサーバーサイドのソリューションがメインですが、将来はPCなどのクライアントソリューションも、Dell APEXの傘の中に入っていくことになるでしょう。これはお客様に新たな価値を提供するものであるとともに、デル・テクノロジーズにとっても極めて大きな変革なのです」
Dell APEXがもたらす定量的なビジネスバリュー
それではDell APEXの活用によって、企業はどれだけのメリットを享受できるのか。デル・テクノロジーズでは既にIDCと共同で、定量調査を行っています」と説明するのは、同社のガブリエル・ロペス氏だ。
その調査をひも解くと、Dell APEXがもたらす定量的なメリットとして、ビジネス面から挙げられるのは大きく4つあるという。
1つ目は「コストの最適化」だ。Dell APEXの新たな支払い方法によって、3年間の運用コストは最大39%削減され、オーバープロビジョニング(必要以上のリソースを割り当てること)の削減で最大34%のコストが削減可能。その結果、同じワークロードで比較した場合、最大39%のコスト削減につながるという。
2つ目のメリットは「生産性向上」だ。プランニングとパッチ適用にかかる時間を43%、ハードウエアの撤去や廃棄にかかる時間を53%削減できることで、ITインフラスタッフの業務効率が最大38%向上。また問題解決までの時間が31%短縮されることで、ヘルプデスクチームの業務効率も54%向上するという。そしてセキュリティーチームの業務効率も最大24%向上。「これらはDell APEXが提供するSaaSモデルによって、インフラ運用をすべてデル・テクノロジーズに任せられるからです」とロペス氏は説明する。
3つ目のメリットは「デジタルレジリエンス(システムやデータの回復力)」だ。計画外停止を最大64%、リカバリーに必要な平均時間を最大46%削減でき、システム停止に伴うユーザー1人/年当たりの生産性低下も最大88%削減できるという。これはデル・テクノロジーズの運用によって、一定レベルのパフォーマンスや可用性が保証されるからだ。
そして最後に4つ目のメリットが「ビジネスアクセラレーション(ビジネスの加速)」だ。ITリソース提供は最大60%迅速化され、開発ライフサイクルも最大12%高速化。これによって開発チームの生産性も、最大11%向上することが見込まれるという(図3)。
2050年までに温室効果ガス排出量を完全にゼロに
Dell APEXがもたらすのはビジネスメリットだけではない。サステナビリティに関しても、大きな定量的効果がもたらされるという。
「必要なときに必要なだけスケールアップできるため、過剰なプロビジョニングを抑制でき、これが温室効果ガス排出量と資源使用量の削減に貢献します。さらにDell APEXでは、お客様に代わって製品や材料の回収、再利用、リサイクルを行っており、廃棄物の削減にも貢献しています。このような一連の活動を含め、デル・テクノロジーズは2050年までに温室効果ガスの排出を、完全にゼロにすることを目指しています」(ロペス氏)
デデル・テクノロジーズは以前から、2030年をターゲットにしたサステナビリティゴールである「Moonshot Goal」を設定しているが、ロペス氏が語るこの目標は、その延長線上にあるものだ。なおTCO計算機も用意しており、顧客ごとのTCO削減効果を予測することも可能だ。
「なおポートフォリオに関しては、将来構想も含んだものであり、日米での相違もあるでしょう。ただし、目指している方向性はグローバルで同一で、最終的にはクラウドとオンプレミスの双方を、自由自在に行き来できる世界をつくり上げていきます」とダン氏は話す。
このような取り組みが前進していけば、ハイブリッドクラウドのあり方も大きく変わっていくだろう。データ重力を気にすることなく、必要に応じて柔軟にクラウドとオンプレミスを組み合わせて活用でき、それらの運用も統合される。そうした新しい世界の到来が、もう目前にまで迫っているのである。
日経BP社の許可により、2023年1月27日~ 2023年2月23日掲載 の 日経 xTECH Special を再構成したものです。
https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/NXT/23/delltechnologies0127/